2017/04/13

信用スコアが中国人を変える


中国では今、個人の信用情報を活用し、人々の日常行動を管理する動きが加速している。個人の信用度によって個人の「できること」に大きな格差がつく。公開される信用度が高ければ、生活の様々な面でメリットを享受できる反面、例えば「公共料金の支払い遅延を繰り返すと、航空機や高速鉄道に乗れなくなる」「レンタル自転車の返却規定違反を繰り返すと、賃貸契約を拒否される」といった事態が現実化しようとしている。

中国ではスマホベースの決済手段が広く浸透している。すでに現金にとって代わるほどの日常的な支払い手段になっている。

物販や飲食などリアル店舗やネットショッピングでの支払いのみならず、納税や年金授受、電話料金など各種公共料金の支払い、ローンの返済、列車や飛行機、ホテルなどの予約・支払い(デポジット機能も含む)、個人間の中国版お年玉「紅包(ホンバオ)」や慶弔金などの授受、金銭の貸し借りなどあらゆる決済の中核を担う。個人の余裕資金の運用商品や日本でいう消費者金融のような仕組みもある。中国での日常的生活はスマホ決済なしでは不便で仕方がない。

アリペイには付随機能として「芝麻信用」という信用情報情報管理システムがある。「芝麻」とは中国でゴマ(胡麻)のこと。おとぎ話の「アリババと40人の盗賊」で「開けゴマ」という呪文が使われるのにちなみ、「ゴマで(将来の可能性が)開かれる」という意味を持たせてある。

購買履歴や資産、納税、公共料金などの支払い状況、もし借入金があれば、その詳細、返済に関するホワイト、ブラック情報なども把握できる。極端な例では交通違反の反則金の納付状況までわかる。さらに個人間の資金のやり取りも記録に残るので、どのような社会階層、どのような資産状況の人間と日常的な交友があるのかもわかる。

「芝麻信用」はアリペイでの支払い履歴(ホワイトおよびブラック情報)のほか、個人の学歴や職歴、マイカーや住宅など資産の保有状況、交遊関係などをポイント化。信用度を350~950点の範囲で格付けし、その点数を与信や金利優遇などの判断材料にするほか、本人にも公開している。学歴や資産状況などの入力は任意だが、信用度の指数が上がるとメリットが大きいので、「自分は好条件」と思っている人ほど積極的に入力する傾向がある。

信用の点数化は5つの領域──〈1〉身分特質(ステイタスや高級品消費など)〈2〉履約能力(過去の支払い履行能力)〈3〉信用歴史(クレジットヒストリー)〈4〉人脈関係(交友関係)〈5〉行為偏好(消費面の際立った特徴)に分けて行われている。上から950~700が「信用極好」、699~650が「信用優秀」、649~600が「信用良好」、599~550が「信用中等」、549~350が「信用較差(やや劣る)」である。

評価の具体的基準は明らかにされていないが、公式コメントでは、評価点数を上げるには税金や公共料金、家賃などをきちんと納付すること、信用力の高い友人と多く付き合うこと、なるべく金銭の「入り」を増やし、支出を計画的に行うこと──としている。自分の現在の点数は「芝麻信用」のアプリを開けば個人ページですぐに見ることができる。点数の改定は毎月上旬に行われ、まるで成績表をもらうように、ドキドキしながらアプリを開いてみるという人が増えている。

例えば、中国のレンタルマンション大手「自如友家」は2016年7月、自社の過去の顧客75万人の利用履歴と「芝麻信用」の信用評価点数の連結を開始し、そのことをホームページなどで利用客に積極的に告知している。信用点数の高い顧客には優先予約や料金の優遇などを行う一方、ポイントの低い客は最悪の場合、予約を断る。また毎回の客室利用状況、支払い記録、トラブルの有無などを継続的に記録し、顧客の評価として信用点数評価に反映する。

点数の高い利用者にしてみれば、「あそこには評価の低い客は泊まれない」とわかれば安心との心理が働く。実際の運用はともあれ、「あなたの信用情報を積極的に活用していますよ」というメッセージを出すことで、質の低い顧客を遠ざけ、優良な顧客を吸引しようとしているのである。同様の動きは全国規模のビジネスホテルチェーンなども追随しており、ゆくゆくは中国のホテルやレンタルマンションのスタンダードになる可能性もある。

さらにユニークなものとしては「芝麻信用」の「貸し出しサービス」がある。これは信用点数が600点以上あれば、街の各所に設けられたレンタル拠点で、雨傘やスマホのモバイルバッテリーなどが無料で借りられるというものだ。使用後、規定通り返却すれば信用点数の評価要因に加えられる。このほか、連載の第1回で紹介したシェア自転車のMOBIKEの使用状況も「芝麻信用」の評価に反映されると発表されている。要は、とにかく「正しい」日常生活で信用点数を上げなさいという強い動機が働く仕掛けになっている。

こうした民間の信用情報の充実ぶりに政府は強い関心を持ち、官民の信用情報連結に熱心だ。中国南西部に位置する貴州省は17年1月、「芝麻信用」と信用情報の利用協定を締結。「信用度の高い者を支援し、低い者を懲戒する」措置を進めると発表した。そこには当然、人々に「良い行動」を促し、社会の安定を促進、治安を維持する狙いがある。

もともと中国政府には独自の個人情報管理ネットワークがある。国務院(内閣に相当)は16年12月には「個人信用体系建設の指導に関する意見」を発表、過去の信用データの蓄積に基づいて、航空機や鉄道、列車などの利用に際して車両の損壊や車内暴力など問題行為のあった乗客、のべ700万人以上に対し、チケットの購入禁止などの措置を実施した。

中国で航空券や列車のチケットの購入に統一の身分証での番号登録が必要なので、芳しくない前歴があると航空機や高速鉄道などの利用が禁止され、移動には在来線やバスを利用しなければならない。現実の不便もさることながら、自分にそのような前歴があることを隠しておくことが難しくなる。極めて厳しい措置といえる。当局は「今後の社会では信用は第二の身分証だ。失えば外出もままならなくなる」とメディアなどで強い警告を発している。

こうした信用情報管理の仕組みが急速に広がるのは、詰まるところ、これまで中国社会で最も欠けていたものが信用だったからだ。社会の構成員間の相互信頼が低いが故に、取引のコストは高くなり、社会の安全感維持のためのコストも高くつく。そういう状況が続いてきた。

その状態が今、劇的に変わろうとしている。「信用の低い社会」という中国の現状を変えようと決意し、誰でも安心かつ安全に取引できる仕組み──タオバオやアリペイ、そして「芝麻信用」などを次々と生み出してきたのが、アリババのジャック・マー(馬雲)という企業家である。今や中国14億人の行動を、力による強制でなく、本人自身の意志でもって規範化に向かう仕組みを作り上げてしまった。そこには「政治」との絶妙な間合いの取り方がある。つくづく驚嘆せざるを得ない。

情報のデジタル化を武器に、権力と民間が一体となって個人の信用情報を網羅的に管理し、その「アメとムチ」によって個人の行動を変えさせる。その試みは、まさに中国という専制国家ならではの凄味がある。その全ての基盤は冒頭に書いたように「快適かつ安全な社会の実現はプライバシーに優先する」という中国社会のコンセンサスにある。これが他の国で実現できるかといえば、簡単ではないだろう。

おそらく中国は今後、どんどん「品行方正」な人々の多い国になっていく。そして非常に効率的な社会になっていくはずだ。これは社会の安定、治安の維持にとっては極めて都合がよいことである。ただ、こうした安全・安心かつ効率的な社会がどのような副産物を生むのか、それはまだ誰にもわからない。そして、このような社会は、おそらく中国だけではなく、世界の全ての国が──望むかどうかは別として──向かわざるを得ない方向だと思うのである。

情報源:NEC、ChinesePayment編集